☆みたきいたよんだ
ラスト・サムライ 【The Last Samurai】
Director: Edward Zwick / Cinematographer: John Toll
今年最後(多分)の映画がラスト・サムライというのも何だけど、なんせ長いのでうまく時間が取れなかったのだ。ようやく見られたという感じ。周囲の評判は意外にも(?)よく期待も高まる。実際「力作」と言ってもいいだろう。映像の美しさや合戦シーンの迫力は高い水準にある。ストーリーは途中ちょっとダレ気味になるが、後半部分に差し掛かると流れもよくなって一気にいける。しかし…相性なのだろうか、やっぱりトム・クルーズがだめなのだ、俺の場合。すべての表情、芝居がいつもと同じに見えて仕方がない。罪のないアメリカ先住民に対して、命令とはいえ意にそぐわない殺戮の痛手を持つ元・勇士のふて腐れっぷり、そして敵でありサムライたちと出会い変わっていく様―どうしても毎度お馴染みトム兄さん、に見えてしまうのだ。でも殺陣は見事!並々ならぬ意気込みは充分感じることができた。
イン・ディス・ワールド 【In This World】
Director: Michael Winterbottom / Cinematographer: Marcel Zyskind
前作「24 Hour Party People」に続くマイケル・ウインターボトム作品。アフガニスタンの難民キャンプを脱出して、ロンドンに新天地を求め陸路密航(言語矛盾?)を計る少年ジャマールの物語。政治的な目線で見ようと思えば思いっきりそういう映画ではあるが(難民問題のシンポジウムとかでも上映されてしまうかもしれない)、俺には「旅」の映画に見えた。こういう言い方をすると誤解を招くかもしれないが、だって映画でしょ。主演の少年は英国に難民申請をしたものの認められず18の誕生日には国を出なくてはいくなったなど、印象として「事実上ドキュメント」的な側面を多々持つ作品ではあるが、これはこれで人生の旅のひとつなのだ。アフガニスタンの人々のことは、別にきちんと考えよう。ほんとに。でも映画は映画としての魅力や駄目さ加減を見てあげないと可哀想だ(と勝手に思っている)。荒っぽくて素朴な旅の記録は、少年ジャマールのリアルな好演(つーかゼロ演技?)とマッチしてざらりと心に届く。ただ前作同様、なんか振り切れなさが残るのだ、この人の場合。ある種のドキュメント・ファンタジー(勝手に造語しました)の中途半端さ、というか。でもどこか気になる波長を持っているのも事実。この際中途半端を極めて、マイケル節を確立してはどうだろうか。次回作(Code46)は、日本ではいつ見られるのだろう。
ファインディング ニモ 【Finding Nemo】
Director: Andrew Stanton / Cinematographer: Jeremy Lasky,
Shalon Calahan
阿修羅のごとく
Director: 森田芳光 / Cinematographer: 北信康
向田邦子の原作で昭和54年NHKでドラマ化された作品である。残念ながらテレビの方は見た記憶がない。もう充分すぎるほど物心はついていたのだけど。
この映画を見に行ったのは仕事の関係でちょっと出演者たちを見ておきたかったからで、それほど個人的な興味があったわけではなかった。しかしこういう伝統的な(?)日本映画を見ることのあまりない自分にとってはある種の期待感もあった。その期待感は劇場に入って客層を見たときにさらに高まる。年配者が多い!(俺だってそう若いわけじゃないけど)「アバウト・シュミット」を見たときも年配の人は多かったが、そのときとは少々雰囲気が違う。
比較的カップルが多くて、どこか落ち着いている。同年代が多いせいかどうかわからないがリラックスした様子だ。船橋ヘルスセンター(お年寄りの同窓会のような光景が展開しているのだ)を訪れたようなマイナスイオンを感じて、何故かくつろいだ気分になってしまった。
後ろの席で、年配のご婦人ふたり連れが話をしている。他愛のない世間話、というところだが妙に可笑しくて聞いてしまった。ひとりの方がどこかの空港で、搭乗直前に売店で素敵な傘を見つけた。しかし荷物が多くてこれから飛行機に乗ることを考えるとあきらめざるを得ない。でもいい傘だったのよ、と未練たらたらだが相手も面白がって聞いていて間合いのいいキャッチボールになっている。つき合いが長いのかもしれない。不断はそういう周囲の話し声は好きではないのだが、今回は開幕前のショートコント(別にオチがあるわけではないのだけど)のようで悪くなかった。
で、肝心の映画の方だが、ちょっとコメントしにくい。丁寧であるがテレビドラマ的お約束描写が延々続く感じで、2時間15分が長かった。役者がきっちりと仕事をして、用意された箱にすっぽり収まったようなまとまりかただ。みかんを食べながらでも見ていられる安定感があるが、それは退屈と紙一重ではある。深田恭子の芝居にはちょっと辛いところがあって、セリフの間合いの悪さはどうにかならならなかったのだろうか。一方小林薫は上手い。姉妹たちがいろいろしゃべっている脇で黙って煙草を吸っている芝居がもの凄く存在感があるというか、場のリアリティを高めていた。
全体としては、特に映画としての興奮や新しさを感じるものではなかった。人に薦めることもないかもしれない。しかし「平凡の有り難み」みたいなものがどこか印象に残っていて、こういう映画もありなのだと感じる。「阿修羅」はパッケージとしてのレベルはかなり高い。原作、脚本、役者等が揃ったからというのもあるだろう。こういう作品が作り続けられていけば、また映画館の風景も変わってくるのではないだろうか―というか今の映画館は街の機能として存在していて風景として立っていないのではという気がする。子供の頃に―それも大袈裟な例えかもしれないけど―劇場は、大事な街の一部だった。
惜しむらくは、題名の阿修羅につながっていく「女の深さ」みたいなテーマがもうひとつ軽かったこと。上手に仕上げられていてどこか破綻がないというか。後ろ席のふたり連れは途中でいなくなったが(前の回に遅れてきて、逃した前半だけを見ていたようだ)、あのご婦人たちの方が腹の中に阿修羅を隠していたかもしれない。
アイデンティティ【Identity】
Director: James Mangold/ Cinematographer: Phedon Papamichael
深夜に豪雨で隔離されて、陸の孤島状態になったアメリカ田舎のモーテルで起こる謎の連続殺人事件。そこにあったはずの死体が姿を消すとともに、ある裁判をめぐるサイドストーリーが織りなす「真相は如何に?」なミステリー。こういう映画をネタばれなしで語るのはなかなか難しい。そこでちょっと違う角度から語ってみようと思う。俺は「ユージュアル・サスペクツ」を楽しんでみた口だ。しかしあの映画を、意表をついたエンディングの優れたミステリーという風には評価しない。どちらかと言えば「そのオチ、ズルイんでねーの」と思っているし、納得できない部分も多い。にもかかわらずこの作品が嫌いじゃないのは、全体に流れる緊迫感のせいだと思う。推理小だって結末に至る展開に小説としての面白さがなければ、それはクイズでしかない。
「アイデンティティ」も、その結末が映画の評価を決めるポイントではない。俺に言わせれば最後にひねりの利いたデザートが出てきたコース料理のような感じで、そのユニークさは素晴らしいがそれで料理の点が決まるというものではないのだ。そう、問題は前菜からメインへとつながっていく展開。そういう意味ではまだ秀作の域を越えきっていないかもしれない。モーテルの客たちのパニック状態の演出は、割と普通で収まりがいい。きっちり書かれた設計図をジョン・キューザック、レイ・リオッタ等の達者な面々がうまく仕上げたという感想も持った。でも75点はいけてます。監督のポテンシャルは何となく感じられる。他の作品もちょっと見て見たい。
マトリックス・レボリューションズ【The Matrix Revolutions】
Director: Andy & Larry Wachowski / Cinematographer: Bill Pope
前作「リローデッド」を「有料の予告編」と言ってしまってなかば義務感で見に行った最終作だが、映画としては結構楽しめた。考えてみると、今回はザイオンの人々の役割がより大きくなってきたことも関係しているかもしれない。「評議会」の人々の服装が古代ローマな感じなのは妙だが、紋切り型的であるとは言え司令部と最前線の人間の確執などが描かれた結果、観客は自分個人のものだけでなく「苦境下にあるザイオンから見たネオ」という視点を獲得したのではないだろうか。(J
リーグ・プレイヤーがワールドカップで国の代表になったときに感じる応援側の気分の差みたいなものか。よくわからないけど)この新しい視点が話の幅を広げて、映画のエンターテイメント的側面を膨らませたように感じる。
しかしその楽しさはある意味でマトリックスのスターウォーズ化であり、第一作に何か新しいものの誕生を目撃して興奮を覚えたファンにとっては諸手を揚げて歓迎できるものではない。第一作のラスト、公衆電話を使ってのネオの宣戦布告シーンで感じたあのゾクゾクした期待感は今回どこへも行けなかった。けれどもこの映画を期待外れと斬って捨てる気はない。マトリックスというデカいネタに挑んだウォシャウスキー兄弟の戦い、今回は善戦程度であったがいろいろと考えるテーマをくれたという点では一定の評価をしていいと思っている。ホントは「マトリックス・最後の闘い」とか「エージェント・スミスの愛」「ザイオン漫遊記」とか徹底的にマトリックス・ワールドを追及して欲しいし、実際それくらいしてやっと解明できるものなのだと思う。やらないと思うけど。
この映画に関して、リンクを貼らせてもらっているデッカード氏のサイトでのシュミーズの次郎長氏のコメント、「マトリックスはマクルーハンの影響を受けている」に強い興味を惹かれた。自分がニューヨーク大学でやったメディア学のルーツもこのマクルハーンおじさん(全面的に支持するわけではないけど)だしね。という風に脳みそのあまり実用的でない部分をいろいろと刺激してくれる作品ではある。…しばらくしてDVDで見るのが楽しみでもあり恐くもあるような。(勘違いな思い込みだったりね)
座頭市
Director: 北野武 / Cinematographer: 柳島克己
ベネチア映画祭でき監督賞を受賞に対して「日本の誇り」的なコメントが一部で見られたが、それはズレズレな認識では
ないだろうか。何かを誇ることができるのは、程度の差はあれそのことに心を砕き、また関った人間だけの特権だ。ずっと
応援し続けてきた阪神ファンにはリーグ優勝を誇る権利がある。一方金で集めた選手の働きで来期優勝したとしても、巨人
ファンはそれを誇りにできるのだろうか。
映画そのものは俺にはちょっと?だった。殺陣のシーンはなかなかシャープだし、ビートたけし(役者としてはこの名でクレ
ジットされている)の雰囲気も納得感がある。大楠道代や柄本明は達者だし、浅野忠信もなかなかいい。例のタップダンスは
唐突な印象だ。常識を外すのはいいとして、この映画の根底に流れるリズムがそれと合っていない気がする。もっと無駄を
削ぎ落としてコンパクトにまとめれば、キリッと締まったエンターテイメントになったのに。素材としてのポテンシャルは今の
日本映画の中では高いレベルにある。やはり編集は監督とは別の人間がよかったのではないだろうか。
インファナル・アフェア 【Wu jian dao / Infernal Affairs】
Director: Wai Keung Lau, SIu FAi Mak / Cinematographer: YUi-Fai La, Wai
Keung Laui
今風に(という言い方自体が今風でない気がするけど)いえば、ある意味「イケメン映画」なのだろうか。イケメン探しは
ジャンルを超えて凄いようで、仮面ライダーの役者からメキシカン・プロレスのレスラーまで留まることをしらない。これを
節操ないと取る向きもあるのかもしれないが、考えてみると皆割とマイナーなジャンルの住人ではあるが実力派である。
直感の正しさというか、その辺があなどれないところなのだ。
で、このインファナル・アフェア、現代は多分「無間道」だと思うのだがこの意味はネタバレになりかねないので置いておくと
して、よくできた映画である。香港映画音痴の俺としては荒削りというか硬派な心理描写を経てクライマックス(ちょっとホロッ
ときた)に持っていくメリハリは、今の日本映画(あまり見てないけど)が無くしてしまったダイナミズムなのではないだろうか。
映画的反射神経と言うか。なんか頭よりも、身体で考えて―とてもとてもよく考えて―作られた映画だという気がする。
やはりこの映画が気に入った知り合いと冗談でパート2の話をしていたら、実際2は既に上映されていて現在3を製作中らしい。
2の内容は知りたくなかったので記事(IMDBに出てます)は読まなかったのだが、どうやら1を遡って過去の話らしい。何だか
見たいような見たくないような…
キル・ビル 【Kill Bill】
Director: Quentin Tarantino / Cinematographer: Robert Richardson
はっきり言ってしまえばアニメとヤクザ映画の好きな日本サブカルおたくが、やりたい放題作った映画になってしまった。
しかも肝心な悪玉との対決は第2弾で、つーのはどーゆーこと?「客を舐めとんかい、ワレ!」とこっちが日本刀振り回し
たい気分である。しかしこんなことが通用するのはタランティーノのある意味では人徳(?)みたいなところもあって、次は
しっかりやらんといかんよ、と言ってしまいそうにもなる。(甘いよな〜)
何となく遅くかかった麻疹(キツイそうです)、年食って覚えた風俗(はまるそうです)みたいなもんで、「ボクちゃんこれが
やりたかったんだ!」が炸裂している。1回通る道なのか、だとすると次回すっきり暴れてくれるのか、等々映画のことより
タラちゃんの今後を考えてしまった一本だった。(それにしても、ちょっと評価甘いよな)
甘さの言い訳ではないがこの映画を高く評価する人もいる。そういう意見を見聞きしていると、タランティーノが映画を愛した
ように彼らも映画を愛していて、「俺は如何に映画と交わってきたか」という点での大いなる共感を寄せているように感じる。
確かにその共感が集まるだけのパワーがあることは認めなくてはならないだろう。映画作りに直接関ったことはないが、あの
混沌とした現場で純粋に我儘を貫くのは利己的というよりも奉仕のようにさえ見える。(この混沌を「映画作りは祭りだ!」とか
寝言を言いいながら、結局は現場の雰囲気に流されているだけの自称シャシンヤがまだまだ多いようだが)そういう意味では
「ボクちゃんやりたい放題」でありながら映画に捧げる尋常ならぬ量の敬意と愛情という点では只者ではない一作かもしれない。
なんだか日和見的なコメントになってしまいそうだけど、この決着はVol.2で。待ってろタランティーノ!(逆か…)
ジョニー・イングリッシュ 【Johnny English】
Director: Peter Howitt / Cinematographer: Remi Adefarasin
「Mr.ビーン」がブームになったことをつまらなく思っていたひねくれファンとしては、「あのローワン・アトキンソンが…」という
前振りを聞くたび不安になる。(映画版のビーンは見てないけど)やっちゃった、またはやられちゃってないかな…と。しかし
そこはひと安心。多少お寒い場面もありつつ普通に楽しめるコメディになっている。悪役のジョン・マルコビッチは手馴れた
演技で規定クリアという感じだったが、脇役ボフ役のベン・ミラーはなかなか良かった。ちょっと「ウォレスとグルミット」の抜け
てる飼い主を甲斐甲斐しくフォローするグルミットのようでチャーミングな存在感があった。(ケンブリッジ大学で物理学の博士
課程にいる、つーんですけどアトキンソンも含めて二人ともインテリなのね)ただ、なんか毒というか隠し味程度のヤバさが
欲しかったな、という気がする。ここではアトキンソンは「Mr.ビーンの役者」として扱われていて、脚本や製作にほとんど関ら
ないお客さまなのだろうか。
マッチスティック メン 【Matchstick Men】
Director: Ridley Scott / Cinematographer: John Mathieson
<ちょっとネタバレかも>
こういった「詐欺もの」映画の場合、最終的には観客も騙しちゃうというパターンが多いので当然そうくるだろうと思って
見ていたのだが、案外素直な展開で気を抜いていたら最後に「やっぱそうなるわけ!?」とすかされた。と言っても
「こりゃ一本取られた」のではなく「そういうの、あり?だったらもっとやりようあるっしょ」という感想。何かテレビ映画みたいな
つくりなんだよなー。
たださすがリドリー・スコットというか、映画としてはしっかりしている。ニコラス・ケイジはいつも思うのだが、最初はオーバー
アクト気味でしつこいオッサンやなぁ、と思ってみているうちに次第にそのキャラクターが自然に思えてくる…これも役者としては
ひとつの力なんだろう。サム・ロックウェルの庶民的ブラピな感じ(東中野商店街のキムタクみたいな)とかアリソン・ローマンの
困らせ上手ぶりもなかなか良く、サクっと見るには問題ない。しかし「問題ない」つーのは映画に取っては結構問題で、何か熱と
いうか狂気というか、もうひとつ塩味足りないなー、という1本ではある。
ケン・パーク 【Ken Park】
Director: Larry Clark, Ed (Edward) Lachman / Cinematographer: Larry Clark, Ed (Edward) Lachman
LA郊外に住むティーンズの、ホントどうしようもないぞオマエら、ひとりひとりは意外といい子だったりするのに…
というお話。リアルである。しかしそのリアルがよくない。ボカシ(久々に見たなぁ)付きセックスシーンの見え方なんかは結構
際どい演出にも思えるがそれはあくまで物理的な際どさであって、だったらポルノと同じことだ。反対に「キッド」や「ブリー」に
あったあのヒリヒリするような雰囲気がない。
監督とカメラが同じなのはコピペの間違いではない。IMDBの記述では一応こうなっているのだ。で、それが問題なのかも
しれない。エド・ラックマンはヴィム・べンダースの「東京画」や「バージンスーサイド」などのシネマトグラファーでとても艶っぽい
画を撮る。自分も一度CMで仕事を一緒にしたことがあるが、モニター越しの映像が濡れていて、「このオッサン、エッチつーか
変態ちゃう?」と思った。本人はジョン・マルコビッチのやせた弟みたいで、ジェントルでいい人なのだけどどこか狂気を感じさせる
所があった。もしかしたら、お互いクレイジーなアウトロー的ハイ・センシビリティ親父として気が合っちゃったのかもしれない。
彼との共作は、「エド、オマエは最高だぜ」「そういう君も相当イケテルよ、ラリー」みたいな「君しか見えない」状態の製作に
なっちゃったりしたのかも…と考えると、また別の興味も沸いてくるのだが、とりあえず今回はいまいち。つーか昨日読んだ
「阿修羅ガール」の方が鋭くいけてるかも。
28日後 【28Days Later】
Director: Danny Boyle / Cinematographer: Anthony Dod Mantle
交通事故で意識を失って28日後に目覚めたら、世界がえらいことなっていた、というお話だ。この設定のポイントは
ことの過程(人々は事情がよく飲み込めないまま、世の中の崩壊とともに意志や健康を失っていく)を知らずに済んだ
人間の秘めた可能性という切り口。全く他所から来た登場人物ではないからその場所が平和だった頃の記憶も持って
いるわけで、心理描写の上でもさまざまな描き方ができるはずだ。この主人公ジムは望んでもいないのに傷つき、戸惑い
ながらも目の前の事態に立ち向かわざるえなくなる。
しかしこういった「世界の終末」話を描くならばどこかに「神の視点」が必要なのではないか。自分は一連のゾンビ映画に
ついては詳しくないので(ロメロ3部作も見てないもんで…)、その程度の低い焼き直しだという説はよくわからない。しかし
そのゾンビものある種の「超えてしまった」世界が描かれているのではないだろうか。「神はもういないのか」とか「なぜ神は
こんなことをなさるのか」とか、過激さを経て生まれてくる嘆きに達するパワーは感じられなかった。一本の映画として、俺は
面白いと思うし十分楽しんだ。でもレッド・ゾーンを振り切っていたか、というとそこまでは、という感じである。
ノックアラウンド・ガイズ 【Knockaround Guys】
Director: Brian Koppelman, David Levien / Cinematographer: Tom Richard
キャッチコピーは“マフィアの世界に生まれたオレたちの、これがデビュー。”「トリプルX」のヴィン・ディーゼル
主演で、マフィア育ちの若者のスタイリッシュなバイオレンス映画、みたいなふれこみの一作だ。B級くささが
プンプンするが、脇を固めるのがデニス・ホッパー、ジョン・マルコビッチの曲者たちで(これで見ようと思った
ようなものだ)、「レザボアドッグ」みたいな荒削りながらもイケテル一本を期待しつつ、改装工事中で埃くさい
シネパトスに向かった。
しかし今回は、してやられた!という感じ。プロデューサーのローレンス・べンダーはレザボアドッグから最新の
キル・ビルまで一連のタランティーノものの製作を担当している実力者であるが、今回生きてこなかったようだ。
大体見ればわかるがこの映画の主演はどう見てもマフィアの長男坊役のバリー・ペッパーで、ディーゼルは脇を
固めるナイスガイであるし、そもそもこれが撮影されたのはトリプルX(2002)より一年前の2001年である。
「トリプルXよりさらに…」という物言いはそれ自体が矛盾である。映画の宣伝には何の文句もないし、配給側と
して前向きに語りたいというのは当然だ。しかしもう少し誠実さが必要じゃないのか?これではやり逃げ広告で、
却ってファンに対して逆効果になっている。IMDBには「99セントの安レンタルで充分」という辛辣な評価があった。
確かに出来はよくない。しかし見方によっては楽しめる部分もあるし(俺に取ってはどの映画もそうなのだが)、
そういう「いいところも見てみよう」という意識を殺してしまうよ。
ストーリー自体は、面白くなりそうな要素がある。親と子の葛藤やアメリカのド田舎の人間像なんかは料理の仕方
次第ではマフィア&バイオレンスというフレームのいい隠し味になりそうだ。監督の二人は「ラウンダーズ」の脚本を
手がけていて、決して才能ないわけではないのだろうが演出には向いていなかったということのなのか。役者の中で
惹かれたのが、アメリカの田舎町を牛耳る保安官を演じたトム・ヌーナン。厳格な堅物シェリフとして生きているが、
ふと出くわした5,000万ドルの現金にひとつの賭けに出る…というありがちな設定ではあるがなかなか真実味が
あった。なんでも元はギタリストで、脚本やプロデュース、ニューヨークでの自分の劇団活動を行うなど、結構真摯な
演劇人のようだ。マイルドなキース・キャラダイン、素朴なサム・シェパードのような佇まいはちょっと気になる。
しかし予告編の中のいちコピー“巨額の裏金を回収せよ”が皮肉に聞こえるなぁ。低予算であることは仕方がないが、
ちゃんと回収できたのだろうか?
特別企画、機中3本勝負!(つーほどのもんでも…)
遅めの夏休み、ということでちょっくらアイルランドに行ってきた。で、久し振りに飛行機乗って興奮していたら
(子供かよ!)ちょうど見たかった映画がラインアップされている。到着後のことを考えると寝た方がいいか、
と思いながらついつい見てしまったこの3本。機内用の編集なので劇場版と同じには語れないけれど、ともかく
見たからには書いちゃいます。
Finding Nemo
Director: Andrew Stanton / Cinematographer: Jeremy Lasky, Shalon Calahan (from IMDB)
別にアニメ好きでもディズニーファンでもないけれど、このピクサーの最新作は気になっていた。トイストーリーも
なかなか良さそうだったし。しかし日本上映は12月。随分先だな、と思っていたら機内で上映中。他のどの映画
よりまず先にこれを見てしまった。面白かった。他愛ないストーリーと言えばそれまでだが、各キャラクター設定や
話のテンポのよさ−これは年齢関係なく楽しめるエンターテイメントだ。興味深いのは、CGの技術が上がるにつれ、
絵の印象が昔の手書きセルアニメの人間くさい雰囲気に何処となく似てくること…少なくとも俺はそう思う。動きの
立体感や水の質感(これはある意味で、全く気にならないほど素晴らしい)はデジタルならではの仕上がりだが、
今回はそんなことを意識させないという点での成功なのだと思う。そういえばデジタルビデオも、目指すところは
フィルムの画質だと聞いたことがあるなぁ。
Secretary
Director: Steven Sainberg / Cinematographer: Steven
Fierberg
監督の名前が似ているせいか、スティーブン・ソダバーグの「セックスと嘘とビデオテープ」と印象がかぶった…
というのはあまりにも単純かもしれないが、リードしているつもりが、いつの間にか立場逆転の男と女、みたいな
部分は微妙に重なって見える。(勝手な思い込みだけど)もの凄く乱暴に言えば、「変態純愛映画」だろうか。アル
モドーバの一連の作品にも感じるのだが(まあ、こっちはかなり濃いけれど)、入り方はアブノーマルで結果的に
お伽噺のような雰囲気で締めくくられる、というのはある種自然な流れなのかもしれない。(それ狙いでやっちゃ
いかんと思うけど。)しかしジェームス・スペイダー、はまってますね。何かプリティ・イン・ピンク(1986)の嫌味な
高校生が弁護士になって20年後にそのまま登場したようでもある。
Phone
Booth
Director: Joel Schumacher / Cinematographer: Matthew
Libatique
これも見たかった一作。コリン・ファレルは「タイガーランド」(ちゃんと見てないけど)の反抗児っぷりがなかなか
良かったが、「マイノリティ・リポート」の捜査官みたいにエリートを演じると見事なくらい脇役的存在感プンプンに
なっちゃう(まさかトム・クルーズに遠慮した訳じゃないだろう)ようで、今後の精進に期待したい(なんのこっちゃ)。
もうひとつ塩味が利いていても、という感はあるが、緊張感を持って楽しむことができた。今度は劇場できっちり
見てみよう。ところで電話ボックスものといえば、私の卒業制作のショートフィルムも電話をネタにしたもので、約
一部では評判が良かったのですが…あ、誰も聞いてないか。
慌しい旅の途中で見たこの3本は、幸いなことにどれも楽しめるものだった。しかしその後、昼間のビールで鬼の
ような眠気に襲われて参ったことを申し添えておきます。まあどっちを取るか難しいとこかな…
ジョゼと虎と魚たち
Director: 犬童一心 / Cinematographer: 蔦井孝洋
関係者中心の試写会で見た。上映前には舞台から犬童監督と主演の妻夫木聡と池脇千鶴の挨拶。これも
試写会ならではの楽しみなのだろうが、ちょっとばかし長かった。それは彼らの問題ではなく、司会を務めた
配給会社の人の目線が一般のファンよりプレスの方ばかりを向いているように感じられたからだ。(と言っても
これは関係者向けの試写会。この作品を何とかアピールしたいという思いの表れなのかもしれない。)
犬童監督は渡辺あや氏の脚本が大変素晴らしくて、僕はそれをきちんと撮っていっただけとコメントしているが、
そういう一面もあるかもしれない。岩井俊二氏のサイトのシナリオ公募(しな丼)から登場してきた彼女の才能は
確かに感じることができた。映画に太くてしかも繊細な流れがある。
しかしフィルムの間(行間、みたいな感じだろうか)に流れるテンポ感やシーンごとの間は、犬童監督のもの。上手く
表現できないが、「二人が喋ってる」や「金髪の草原」と同じような時間の流れ方を感じるのだ。この時間の流れは
ゆったりとしていながら、よく巧まれている。舞台で妻夫木聡が述べた「犬童監督は、のほほん(だったっけ?)と
しているように見えて計算高いお人」というコメント−映画監督としては褒め言葉だ−に思わず笑ってしまったが、
それは俺の感じた「犬童時間」にもあてはまるかもしれない。ひと癖あるラブストーリーですが、いい映画です。晩秋
(って配給元は言っているんだけど、何か悲しくない?それとも狙いなのか…)シネクィントあたりからだそうです。
ファム・ファタール 【Femme Fatal】
Director: Brian De Palma / Cinematographer: Thierry Arbogast
この題名、「欲しいもの−。私は総てを手に入れる。」というコピーに男性陣はバンデラスとくれば、こりゃあ
濃厚でスキャンダラスで意表をつくセクシー・サスペンスを期待してしまうのも、あながち的外れとは言えない
だろう。しかし見終わったときに残ったのは、ひたすら「???」。これがいわゆるデパルマ節なんでしょうか。
画面を左右に二分割する手法などもどこか古めかしく、名画座で映画を見たような印象だ。男たちが身体に
ぴちっとしたスーツを着ていた頃のテンポ感。くわえてストーリーは、「さあ罠がしかけてありますよ」と謂わん
ばかりのわかりやすさ。「ユージュアル・サスペクツ」(これが手放しでいいという訳ではないが)とか見ている
いまの観客には、ちょっと工夫が足りないかもしれない。
とか書いてはみたものの、何故か見た後でひっかかる。過去のデパルマ作品を見返したくなる。(といっても
殆ど見てないのだけど、私の場合)何か強い印象が、整理されずに頭の中に居座っている。名投手はコースを
外れた失投もそれなりに凄い、という感じなのだろうか。
アダプテーション 【Adaptation】
Director: Spike Jones / Cinematographer: Lance Acord
「マルコビッチの穴」(Being John Malkovich−この邦題はなかなかイケてる)の脚本チャーリー・カウフマン
(Charlie Kaufman)とのコンビ。しかもニコラス・ケイジ演じるカウフマン自身と双子の弟(架空の存在)が
主役となるややこしい設定。この辺のややこしさは前作と共通している。実在の人物や設定をストーリーに
織り交ぜ、どこまでが事実でどこからがフィクションかよくわからず見いているうちに、どんどんその世界に
巻きこまれてしまう。一種の内輪ものかと思うと、ストーリーは外に向かってしっかり展開していく。この「持って
いかれる」感覚がこのコンビの真骨頂なのではないだろうか。もしかしたらどこまでが事実でといった規定は
彼らには関係ないのかもしれない。事実も作り話もすべてが映画のネタであり、それを自由に組み合わせて
調理していくという意味では既存の作法にこだわらない「創作料理」の作り手のようでもある。
何故かこの映画、監督のスパイク・ジョーンズの作品というよりカウフマンの仕事という気がしないでもない。
あるいはサイモンとガーファンクルのように、作り手とパフォーマーの幸せな関係がそこにはあるのだろうか。
うちの奥さんは、カウフマンは「新しいウディ・アレンのようだ」と言う。映画なんて嘘っぱちの作り物だという
ことを知っていて、かつそれをとても愛している辛辣で照れ屋で誠実な映画作家、なのかもしれない。
「難しい」「わかりにくい」と感じる人もいるだろうが、これは決してサブカルおたく好みのスノッブな映画ではない。
素直に持っていかれて、「なんか変な話だけど面白かった」と思える秀作だ。騙されたと思って見ると楽しいよ。
HERO 【英雄/Ying xiong】
Director: Yimou Zhang(陳凱歌−チャン・イーモウ) / Cinematographer: Chrystopher Doyle
この映画、知人のコメントによると「広告的な映像」とのこと。「広告的」とは何だろう…ジェット・リーが劇中で
時代考証無視のドリンク剤でも飲んで飛び跳ねているのだろうか…んなことはありえないので、気にして見て
いたら(別に集中できなかったわけではない)、その訳は「シンボリック」ということかもしれないと思った。
二転三転するストーリーは「羅生門」を思わせなくもない。(落としどころはかなり違うけど)Yahooのサイトには
「Dolls」と比べて語る人もいた。そっちは見てないのでよくわからないけど、多分色彩からの連想だろう。何が
言いたいかと言うと、見る人間の思い入れに対して守備範囲が広いのではないかということ。映画でも音楽でも
ヒットする作品を見ていると、好きな人の感想が結構違うことがある。「ホントに同じもの?」と言いたくなるような
こともあって不安に陥るが、逆にそれが幅広く受け入れられるということなのかもしれない。
先日レストランで食事をしていたら、元大学のゼミ仲間(年齢は結構高い)風のアカデミックというか書生くさい
集団の会話が聞こえてきた。
「○○さん(お嬢さんらしい)へビィ・メタルとかも好きなんですって」
「えーっ、好きなのはクラシックだけじゃないの!?」
「でもシベリウスなんかの新しいクラシックの持つ反権力志向と、アイアンメイデンとかの左翼性は通じるところが
あるから、それほど意外でもないんじゃない?」
「へぇーっ!!!(尊)」
…スティーブ・ハリス(IMのーダー)もびっくりという感じだけど、これもポピュラーであることの副産物だろうか。
でこっちも話が二転三転してしまったが、アクション(多くの人が指摘しているように最初のドニー・イェンとジェット・
リーの闘いの後は、ちょっとゆるく感じてしまうけど)、ストーリー、映像ともに工夫を凝らしたレベルの高いつくりに
なっているのに、面倒なところのない純エンターテイメント、というところが凄いところであり、それはとりもなおさず
広告というものが目指す「シンプルに、しかし深く伝える」指向性と重なってくるのではないだろうか。
えっ、深読み?だって、そうしたくなっちゃう位の、たいした映画ですぜ。ちなみに件のレストラン(つーかビストロ)は
値段も手頃で味も素晴らしいです。興味のある方はメールでも。
白百合クラブ 東京へ行く
Director: 中江裕司 / Cinematographer: 具志堅剛 (監修 高間賢治)
最近仕事の関係で老人ものをチェックしているのだけど、そんなこととは関係なく楽しめた一本。実は数日前にNHKで放送
された関連番組である程度の事前知識を得ていて、その分とっつきやすかったのかも知れないがやはり良質のドキュメントと
言っていいだろう。もちろんドキュメントと言っても、クラブの東京公演自体にスタッフやブームのメンバたちが深く関っていたりと
「ただそこあるものを撮る」というフィルムではない。しかし面白くするために虚偽の映像やストーリーを盛り込む「ヤラセ」でない
限りそれは問題ではないと思う。ドキュメンタリーと言えどもやはり作品であり、撮られる対象との共同作業であるからだ。
そんなことを書いたのは−ほんとは「楽しい映画だったなー」と理屈抜きのコメントで済ませたかった−先日朝日新聞に掲載された
ドキュメンタリー監督の森達也氏の「ボウリング・フォー・コロンバイン」評を見たからだ。氏はこの映画に対して、ドキュメントとして
凡庸で何故これがそれほど評価されるかわからないとコメントしている。もっと良質の作品が多数見られるということで山形映画祭の
ことも述べている。しかし氏の言う凡庸、良質の基準は一体なんなのだろう。BFC は別に芸術的なフィルムでも戦地で命を懸けて
撮られたものでもない。(しかしムーア氏も、ネオコンや保守派からのプレッシャーは少なからず受けているだろう)そんなことが基準
なら映像作家(狭義での)かジャーナリストになるべきだ。どんなに深刻なテーマを扱っていても、一本のフィルムとして、広い意味で
観客を惹きつける力を持つべきだ。本来BFC は「アメリカの銃社会を告発する」ものではなく、その問題に対してひとりのアメリカ人が
どう対応したかという記録だ。「俺だってライフル協会会員だし、べつに理想主義者でもないけど、最近ちょっとおかしくないか?」という
疑問にカメラを持ってあたっていった話だと俺は思っている。確かに大騒ぎが起こったり人か死んだり傷ついたりするドラマチックさは
ないけれど、もしその点をもって凡庸と言うのなら氏のドキュメント観に首をひねらずにはいられない。
再び白百合クラブ。欲を言えばもう20分ほど短くすればもっとキレがでたのに、など思うことはあるけれど、いい気分で劇場を出られる
ことは間違いない。温かくてゆるい、陽性の癒しっていうのがやっぱ石垣島なんでしょうかね。
マイ・ビッグ・ファット・ウェディング 【My Big Fat Greek Wedding】
Director: Joel Zwik / Cinematographer: Jeff Jur
ちょっと婚期遅れ気味の、冴えない女性の恋。周囲の反対を乗り越えハッピーエンドという、かなりありふれたストーリー。
それは良いとして(ありふれた設定の名作だって幾つもあるし)なんかガッツが感じられないのだ。恋愛もののカタルシスは
何らかの障害に登場人物が向かっていくところから生まれるのだと思うのだが、この映画の恋人たちは「やれやれ、参ったな」
という姿勢をとり続けるだけで自ら運命に向かっていない。そんな話をどう楽しめというのだろう。
少女漫画のファンではなかったが、数10年前それがサブカルチャーの要素として捉え始められた頃少し読んでいたことがある。
(竹宮恵子は素晴らしいと思ったけど)その頃いちばん苦手だったのが、地味で目立たないけど性格はいい主人公が仲間内の
ヒーロー(ある種の王子様ですね)に恋心を抱くが、自分なんかとダメと思い込みひたすらウジウジしたり泣いたりする。しかし何故か
王子様は彼女のことを目にとめ見事恋人同士に、というパターン。あのなー、お前自分じゃなんもしとらんだろう、と思うと、派手で
意地悪な敵役の少女の肩をもちたくなったりする。
しかしこの映画のファンって、一体どこが良かったのだろうか。もしかして俺が、「女心」ってのを全くわかってない、てことなの?
ライフ・オブ・デビッド・ゲイル 【The Life of David Gale】
Director: Alan Paker / Cinematographer: Michael Seresin
「ユージュアル・サスペクツ」を深刻にしたような一本で、重い一撃を喰らったような気分で劇場を出た。ケビン・スペイシーは
死刑制度というテーマの重さに負けない存在感をしっかり出していて、ケイト・ウィンスレットはそこに華をそえている。ふたり
以外のキャラクターもしっかりと立っていて、役者の使い方という点ではアラン・パーカーは素晴らしい。展開はストーリーを
見失わない程度にトリッキーで、一体どうなるのか、何か仕掛けが隠されているのかと身構えながら目が離せない。隣に座った
比較的年配の夫婦は映画が進むにつれて文字通り身を乗り出して見ていた。
敢えて言えば、その「目が離せない」ところが惜しいのかもしれない。多くの観客が話の成り行きを追いながら、時折死刑制度に
ついて思いを巡らせたのではないだろうか。テーマやストーリーはきちんと伝わっている。しかしそれだけではない、文章でいえば
行間にあたる部分をもう少し味わいたかった。緊張感一辺倒で進んでいくのではなく、いい意味で力の抜けた部分もあったら、重い
だけではなく、深い読後感のような(映画の場合なんていうんだろう)ものがあったのではないかと思う。とは言っても最近の映画の
中では出色の出来。だからこそ気になったのだけど、ちょっと贅沢な要望かなぁ…
トーク・トゥ・ハー 【Hable con ella / Talk to Her】
Director: Pedro Almodovar / Cinematographer: Javier
Aguirresarobe
前作「オールアバウト・マイマザー」に比べるとやや映像的なこってり感がやわらいだが、しかしアルモドーバ節は健在。
客観的には単なるストーカー&変態(おまけに犯罪者)な男の一途さが、何故かしっくりと見えてしまう濃〜い世界観は
この監督しか描けないものだ。(もしかしてソダバーグなら、という気もするけど)彼の映画を料理に例えると、何が入って
いるか訳のわからないごった煮だけど、妙にいい味がでお代わりしてしまった、という感じかもしれない。こういうのって、
癖になるんですよね。
ストーリーの節目で出てくるスーパーの不思議な見せ方(結構凝っている)や、何故?みたいな部分も多いのだけど、
その意味を問うのではなく、かといって感じようとするのでもなく、ただ「何かよく分からないけどいいみたい」みたいな
心地よさがあった。それからスペイン語のやり取りが気持ちよくて、ちょっとやってみようかな、と思ったりもした。しかし
何か頭悪いサブカルっ子みたいな感想だな…
チャーリーズ・エンジェルズ:フルスロットル 【Charlie’s Angels: Full Throttle】
Director: McG / Cinematographer: Russell Carpenter
周囲からはダメ映画の評多し。多分そうだろうなと思いながら見たら、やっぱり前作よりもかなりダメ。それでもその
ダメさを結構楽しんだ。全体的にアクションや仕掛けをやり過ぎた結果か、ストーリーの軸や役者の体温みたいなものが
薄くなっている。前回はなかった、ディラン(ドリュー・バリュモア)の葛藤というドラマの要素が折角あるのだから、激しい
カンフーは今回お休みするとしても、ここらで役者として魅せてくれてもいいだろう。この辺McGの子どもっぽさが裏目に
出ている気がする。しかしそのお子さま、パワーがあるのは事実で「もう勝手にしてくれ」と言うしかない暴れっぷりは
ある意味では面白かった。過剰な期待がなかったせいで、儲けものの感ありの一本でした。
アレックス(ルーシー・ルー)の彼氏ジェイソンを演じるマット・ルブランはあのTVシリーズ「フレンズ」のジョーイ役だが、
見事なくらいキャラが同じ(狙っていたとは思うけど)。役者としてはどーなの?という感じだが割り切っているのか、それ
とも何やってもああなっちゃうのか。ジェニファー・アニストンもすぐレイチェルになっちゃうしな…
パンチドランク・ラブ 【Punch-Drunk Love】
Director: Paul Thomas Anderson / Cinematographer: Robert
Elswit
「ブギーナイツ」「マグノリア」に続くPTA(頭文字だとこうのなるのか…)の新作ということで期待して行ったのだが
今回はもうひとつ。全体を通じ、PTAならではのフィルムの個性はしっかり感じられる−得てしてこういうものは才能の
守備範囲なのだが−が消化不足の感は否めない。かえって随所に見えるセンスがこの作品の印象をちぐはぐなものに
している。タレンテッド・クリエーターの失敗作と言えば、彼やこの作品を擁護しているように聞こえるかもしれないが、
次にここからしっかりしたものを作っていくのも結構キツイのではないのだろうか。
アダム・サンドラーもいいのだ。ホフマンは安定感すら感じせる。しかしポスターなどに一貫して使われているパステルの
虹のようなグラフィックはこの映画のある種のシンボルであるようなのだが、もうひとつ機能しているように感じられない。
こういった全体につきまとう、微妙なちぐはぐさに最後まで悩まされた。(音楽も必要以上に大きいし)
もしかしたらPTAは若き職人さんなのかもしれない。ひとつ年上のスパイク・ジョーンズとはタイプが違うのだ。映画の
構造として実はオーソドックスな「ブギーナイツ」には27歳(そう考えると凄い…)の勢いが詰まっていた。さあ、どっちに
いくんだPTA、というなんか保護者のような感想を今回は持ってしまったなぁ。
ターミネーター3 【Terminator 3: Rise of the Machines】
Director: Jonathan Mostow / Cinematographer: Don Burgess
拝啓ハリウッド様、今まであなたには何度も裏切られてきた私ですが、今度こそはと信じて映画館に向かったのです。
あなたが、ややこしい人間の真実やら社会との葛藤やらパッとしない男たちの意地や女たちの愛に無関心なのは当然
承知でしたが、そんなことは期待していません。ただドカーンとデカイ花火を打ち上げられるのはやっぱりあなただけ。線香
花火のささやかな美も素晴らしいのですが、たまにはババンとそういうやつも。しかし今回、どうも不発弾だったようですね。
アクションシーンはそれなりに見せてくれましたが、クライマックスは…どこにあったのでしょうか。
ジョン・コナーが大きくなった分シュワちゃんの存在感が薄くなっている。役者の力量としてではなく演出上の問題だ。
シュワちゃんには失礼だが彼の持ち味は「人生の意味や真実を求めようとする、誠実で頭の良くない男」なのではないか。
「哲学の本を一所懸命読んだけど、全然わからなかったよ…」と少し寂しそうに笑いながら、なお前を向いていこうとする
ゴリゴリした男。だからもっと悩ませてあげなくちゃ。いくつかチャンスはあったはず。リンクさせてもらっているSTRANGE
LOVEのデッカードさんがハリウッドのマーケティングの浅はかさを指摘していたが全く同感。金属と半導体チップの固まりで
あるターミネーターに血を通わせてこそ映画ってもんだろう。
ときにクレア・デーンズ。彼女主演でスティーブ・マーチン原作、脚本のShopgirlが製作中の模様。彼らしい、どこか
覚めた、でもセンチな小説でなかなか面白かった。しかもメインの男があのサタデー・ナイト・ライブのジミー・フェロン!
ちょっとこれは見なくては…でも興味ない人にはヒットせずにHigh FidelityやAlmost Famous(あのころペニー・レーンと)
みたくなってしまうかもしれないけど。
シティ・オブ・ゴッド 【City of God / Cidade de Deus】
Director: Fernando Meirelles / Cinematographer: Cesar
Chalone
「面白い」でも「よい」でもなく「凄い」と言ってしまう映画だ。しかしその「凄さ」はどこからくるのだろう。ストーリー自体が
実話に基づくものであり、「神の町」と逆説的に名づけられたスラムのすさまじい現実も要因のひとつだろう。しかしあっけなく
人が殺されたりすることや、スラム暮らしの出口のないやりきれなさといった素材だけではなく、こういった題材に迫っていく
語り手の気迫のようなものにあるのではないだろうか。
「8マイル」を見たときに、「映画自体としてヒップホップ的であればいいのに」とを思ったのだが、具体的なイメージは自分でも
描けなかった。その答がここにあるのかもしれない。深刻な題材を扱いながら情緒的な思い入れがない。誤解を恐れず書けば、
人が虫けらのように殺されることも、制作者にとっては映画の題材のひとつでしかないという徹底。彼らが人の命を大切にしていない
とか、その場所に生きる人たちを尊重していないとは全く思わない。全く逆だろう。しかしカメラを回し始めた以上、映画を組みあげて
いくことに専念するのが素材に対する仁義である、といった精神を感じる。
ドキュメントである「ボーリング・フォー・コロンバイン」がどこかユーモラスな空気を漂わせいてることと、事実に基づく映画である
この作品が冷めた視線をもって描かれたことは逆のようでもあるが、映像の話法という点で相通じるものがある。
いやー、という風にいろいろ考えちゃう映画でもあるが、そういうの全部抜きにして見ても、やっぱり息をつかせない迫力とストーリー
展開の面白さは文句なしの一本だ。やっぱ、そこが「凄い」とこなんだろうな…
人生、時々晴れ 【All or Nothing】
Director: Mike Leigh/ Cinematographer: Dick Pope
飲み食い好きの自分だが、今日日(きょうび、ってこれでいいんだっけ?)の「プロデュースされた店」というのが
どうも好きになれない。内装もメニューも趣向を凝らしてはいるのだが、それはあくまで趣向(=物事を実行したり
作ったりする上の面白い(変わった)アイデア/新明解国語辞典)でしかなく、メシをつくる、酒を選ぶ、そしてもてなす、
それぞれの人間と直に出会うことはできず、プロデューサーの作った枠の中にちょこんと座らされている感じだ。
自ら自分たちの店を「食のテーマパーク」というような言い方をする人間もいるけど勘弁して欲しい。食って飲んで話を
するのは人間の生な楽しみで、それを誰かにプロデュースされたくはない。ここのところ見た映画、どれもよくプロデュース
されている。面白いのもつまらないのもあったが、何か物足りなかった。「人間が見たい!」と思った。
それをじっくり味わえたのが、この作品。多少かったるくなる場面もあったが、人間を見せてもらった。決まった
脚本を持たずに現場で作り上げていく手法の成果なのか、一部の退屈さも含めてリアルである。登場人物たちは
暖かい心根を持ちながら適度に欠点もあり、平凡なキャラクターを非凡な冴えで描き上げた。
夫婦二人で切り盛りしているこじんまりした居酒屋で、手製のうまい煮込みや懐かしいポテトサラダを食いながら
ひとり手酌で飲むビール、のような幸せである。
ミニミニ大作戦 【The Itlian Job】
Director: F.Gary Gray/ Cinematographer: Wally Pfister
以前から元気なちびっ子のような新しいミニが気になっていたのだけど、この映画で妙に人気が出ると
嫌だなあ(買わないくせに)と思ってしまったくらい、クルマはかっこよく映っていた。この映画がミニの
売り上げにどう影響するか興味がある。小さな車のカーチェイスで思い出すのは’81年のフランス映画
ディーバ。狭い道や地下道を使ってのカーアクションはLAのハイウェイで走り回るアメ車に比べて新鮮で
小粋に見えた。
映画自体は力があるというより、しっかりしたキャラクターを持った役者たち(皆いい味なんだけど)が自分の
仕事をきちんとこなした、という感じの仕上がりで、安定感のある楽しさだが新たなチャレンジは感じなかった
−そういうものがこの映画に必要かどうかは意見が分かれるところだろうが、’69年の同名(原題も)作品の
素晴らしさに敬意を表して対して何かみせるというのがリメイクの仁義というものではないだろうか。では自分
だったらどうするか?そーだな、エドワード・ノートンのキャラをもっと掘り下げるかもしれない。何故仲間を裏切
ったのか。ドナルド・サザーランド演じる泥棒ジョンへの思いは?(スコアみたいなパターンものになるのは御免
だが)彼への復讐計画が進む一方本人は何をしていたのか。何を考えていたのか。その辺をピリッと描いて
みたいなぁ。
コンピューターの天才がハッキングして極秘情報を手に入れたり相手のシステムを攪乱したりするアイデアは
面白くはあるけれど、ややもすると空手やカンフーがアクション映画で使われ始めた当初の「問答無用のオール
マイティカード」的に扱われると、ストーリーの深みを損なってしまう。「すげー、あんなことできちゃうわけ?」
「だって天才ハッカーだもん。」だけで安易に話が進んでいくことの危うさを感じてしまうのだ。
ホーリー・スモーク【Holy Smoke】
Director: Jane Campion/ Cinematographer: Dion Beebe
前向き週間(?)第2弾がこれというのは神の試練か、と思うくらいの辛い作品だった。批評すら不可能な感じもある。
印象としては「シャイニング」のジャックが「ベニスに死す」のアッシェンバッハに乗り移ってオーストラリア風に(好きな
国です!あくまでモノの例え)大味にした感じだろうか。もしもこれを自分が監督したら…どこから手をつけるかだけど
この際思い切ってキャスティング変えてしまおうか。ケイト・ウインスレットをブランシェット、じゃなくて、彼女の英国の
ジョディ・フォスター的な熱演―JFって女性版デニーロみたいに思えるのは俺だけだろうか―や、ハーベー・カイテルの
達者振りが、カルト宗教や理性を越えた男と女の情念みたいなものに翻弄されるというストーリの流れとどうもしっくり
いっていない。で、思い切ってこういうのはどうでしょう。広末涼子と真田広之。はまって振り回されてわめいて、最後に
切なくもハッピー、というのはいけるような気がする。まあ、これじゃ全くの別ものかもしれないけど…(でもちょっとこの
組み合わせいいと思いませんか?)
ザ・コア【The Core】
Director: Jon Amiel/ Cinematographer: John
Lundley
ひょんなことがきっかけで、なるべく前向きなことを書こうと思った。ダメ、下手、つまらんなら誰でも書けるし、わかった
ようなことを言って自己満足に浸るのはみっともないし。ああ、なんて崇高な心構えだろう。いやいや、映画を愛するもの
なら当然ではないか、でいきなりこの映画…困った。
設定もキャラクターも演出もかなり平板で、ほとんど「ありきたりの大作」になっている。退屈はしなかったけれど、そう
いわれるために作ったわけでもないだろう。もし自分が監督で話を受けたら(すでに妄想モード)訳のわからない地中の
CGなどに金を使わず心理劇のようにしたかもしれない。(いや、どーやってと言われると難しいんですけどね…)
宇宙と違って地中の場合、外に星が見えるわけでもない。いっそ密閉された状況を生かした方が活路があるのではない
だろうか。そのとき注目したいのが「妻と子供を救う勇気があればいい」と言い我が身を犠牲にする仏人科学者サージと、
親子でありながら任務の遂行を第一におく将軍の父の対比。このあたりをスパイスにしてSF密室地球救出ドラマを作れば、
制作費もぐっと減少。舞台でだって上演できるかもしれない!…しかし「シカゴ」ならともかくブロードウェイ版「ザ・コア」、
どうなんでしょう。
マトリックス・リローデッド【The Matrix Reloaded】
Director: Andy & Larry Wachowski /
Cinematographer: Bill Pope (I)
ジュラシック・パークは第一作だけで次からは見ていない。恐竜のCGが凄いことがわかったら、他に期待するものが
見当らなかった。「マトリックス的映像」と呼んでもいい新しいビジュアルイメージを作り出した第一作は、確かに画期的
だった。CMやらMTVやら色々なところでパクられていた。で、この第二弾。正直言って長くて退屈だ。CGの出来も高
レベル。アクションやストーリー展開も休みない。でも2、3回眠りに落ちかけた。(昼飯の後ではあったけど)新しいもの
が何もない。エージェント・スミスやマトリックスの設計者のキャラクターを描きこんでストーリーを掘り下げるというような
手はなかったのだろうか?それともこの映画のファンは、そんなことを期待していないのだろうか?
しかしやられた!と思うのがラスト。(劇場が明るくなる前)これじゃあ次も見ないわけにはいかないじゃん。結局これは、
3時間ある予告編ということなのだろうか。ではマトリックス・レボルーションズで会おう、ってか?
X−MEN2【X2】
Director: Bryan Singer / Cinematographer:
子供向けの童話の中で、一番悲しく心に響くのが、「泣いた赤鬼」だ。村人たちに来てもらおうと、「おいしい
団子もございます。おいしいお茶もございます。」と張り紙をするが、誰も来てはくれない。そんな赤鬼のために
友人の青鬼の取った行動は、ガキの身にも痛く、切なかった。人は自分と違うものを恐れる。特にその違いが、
自分たちに勝っているときは尚更だ。(逆に明らかに自分が優位なときは、それを誇示したがる)それは程度の差
こそあれ、誰の中にもあるものだと思う。ミュータント同士でも充分起こりうる。そのときには、異端の悲しみを
互いで共有する者が出てくるかもしれない。なんか、人は悲しいなぁ、と何故かセンチに見終わったけど、面白い。
正しい第二弾という感じですね。
アバウト・シュミット【About Schmidt】
Director: Alexander Payne / Cinematographer:
James Glennon
朝8時のアポをドタキャンされて、空いた時間で駆け込んだ。10時15分の日比谷みゆき座には結構人が
入っていて、年配客の姿も多い。見ているうちに、やはりニコルソンの「プレッジ」を思い出した。さらに
「シャイニング」も。どちらも普通の人間が、些細な物事のズレから狂気に魅入られていくというサイド・
ストーリーを持っているように思える。(狂気の程度と魅入られ方は映画により異なるだろうが)その狂気の
可能性を表現するという点ではニコルソンははまり役だ。そう言えば「恋愛小説家」もそんな匂いがするなぁ。
もうひとつ思い出したのが、星新一のショート・ショート。ある男の周囲の人間が、一本の電話を受け取るや
いなや尋常ならぬ落ち込み方をして、無口になってしまう。訳を聞いても首を振るばかり。そんなことが次々
続き、不審を高めていく男。そしてついに彼の側の電話が鳴る。受話器を取るとたった一言「あなたは狂って
いる」と告げる声。そして男も口をつぐんでしまう−という話だ。(多少記憶間違いあるかも…)読んだ当時は
ピンとこなかったが、今になるとジワジワわかる気がする。狂うということは、皆がどこかで感じている恐怖
なのかもしれない。そんな恐怖の描写がきっちりしているから、こういう一見平凡なストーリーが深い感銘を
呼ぶのではないだろうか。
教訓や救いを求めて映画を見たことはないし、また今後もするつもりはないけれど、結果的にそれを得ることが
時々ある。反対に映画や書籍の広告で見かける「生きる勇気がわきました」「自分に素直になれました」のような
反響には少し首を傾げてしまう。その感動は一瞬の錯覚であって、しばらくすると再び感動や勇気を自己の外に
求めて彷徨うことになるのではないか。少なくとも、一時期の自分はそうだった。(ちょっと恥ずかしい…)
アバウト・シュミットの感想は、そんな風には口にできない。しかし胸のなかにあたたかさを持って残っていて、
ほんの少しだけ、でも確実に身になっていく感じがする。
ちなみに撮影のジェイムス・グレノンは、自分の好きな「The
West Wing」も撮っていた。へぇーっ。
*STRANGELOVE(byデッカードさん)への投稿を元にしています。
8マイル【8 Mile】
映画が終わってクレジットバックにエミネムの曲が流れているとき、それに合わせて手拍子が聞こえてきた。
あまりキレがなくて、NHKののど自慢のようだ。クレジットも終わり観客が席を立ち始めると、今度は拍手が
聞こえてきた。多分同じ奴だろう。日本の劇場では少ないけれど、それは別によいと思う。邪魔になる訳じゃ
ないし(映画にもよるけど)、知らない同士ささやかな共感を感じるのも悪くない。しかしその拍手にはどこか
慣れないことをやっている力みが感じられて、様になっていない。が、あまりそいつを笑う気にはなれない。
単に面白い映画というだけでなく、今を生きてる「魂」(この言葉も何かデフレ気味だなぁ)入ったものに
拍手を送りたい。そんなアティテュードを感じた。
この映画には、確かにある種の「魂」がある。 映画として再構成されていても、ホワイト・トラッシュという
クラスを生きることのキツさは伝わってくる。しかし実際その状況とどう戦っていくのか。その術がいきなり
エミネムのラップのスキル(これこれで素晴らしいのだが)というのでは、ジェット・リーのアクションもの
(これはこれで好きだけど)と、根本的に変わらない。最後のバトルの勝利もあっけなさ過ぎはしないか?
エミネムはなぜエミネムなのか、いかにエミネムになったのか−この部分が見えてこないと「魂」の部分が
完成しないのだ。
映画の方向性としては、ドキュメントらしくもっと抉りこむか、今は無き2パックが出演していた「ジュース」
みたいにエンターテイメントでいくか、どちらかに振り切ってもよかったかもしれない。しかしラップがネタなら、
映画自体がラップ的になれば最高だったのに。それはトーンなのか、編集なのか、演出のクセなのか(決して
ミュージックビデオみたいなことではなく)わからないけれど、絵画の中にヒップホップ的なものがあるように、
映像にもその匂いがあってもいいんじゃないだろうか。そのときは自分も、立ちあがって拍手をしようと思う。
めぐりあう時間たち【The Hours】
3大女優競演、みたいなイメージが先行しているようだけど、俺はスティーブン・ダルドリー監督の手腕に拍手を
贈りたい。複数の物語を絡ませて語っていくスタイル自体は珍しいものではないけれども、根底に流れる軸がしっ
かりしている。その軸も観念的なものではなく「自分という存在の価値に思い迷う、ある程度の人生経験を重ねた
女性」−こう書いちゃうと観念的じゃん!と突っ込まれそうだけど−というテーマを血の通った描き方で見せてく
れている。ただ何でそんな風に「自分には価値がない」的な意識を持つのかというところは敢えて描かなかったのか、
もうひとつ掴めない。これはちゃんと「ダロウェイ夫人」を読んだりその映画を見た方がよいのかもしれない。普通
こういう基礎知識要求系の映画には否定的な自分だが(この映画がそうだとは思ってない)、一回きちんと読んだり
見たりしようかなと思わせる魅力は充分にある映画です。
しかしエド・ハリス、いいねぇ。あの役(あの子だったのか、という納得感も含めて)できる親父はなかなかいな
い。ジョン・マルコビッチだと濃いしなぁ…それからメリル・ストリープのパートナーのサリー、The West Wing
(NHKがザ・ホワイトハウスのタイトルで放送)で報道官のCJをやっていアリソン・ジェニー。このドラマが大好
きだったので懐かしかった。ちょっと知的な和田アキコみたいな立ち位置の(?)いい女優さんです。(アメリカン
ビューティにもでてたっけ…)
ベッカムに恋して【Bend It Like Beckham】
いやーぁ、面白かった!と久々に素直に言えた映画。もちろん「戦場のピアニスト」の見た後の無言、と言うのとは全く意味が
違うし、お話の展開もちょっと都合よすぎない、というのもあるけど、それは今回ノープロブラム(とかいう言葉使いしてる人、
どれくらい英語できんのかね)。作り手の思い込みがまっすぐで、そういう意味での納得感につながったのだと思う。
そういったセンチメンタル・スイート・ハッピー・コメディとしての仕上がり具合のよさもともかく、サッカーシーンの見せ方も
なかなかでした。カメラワーク、アングルの切り取り(ペナルティキックの俯瞰、というのもありそうだけど新鮮)も楽しかった。
なんかプレイシーンが格好よくて、サッカーやりたい!と思ってしまった。こういうのはブルース・リー以来。そういえばこの映画、
超ポジティブな軸で作った、悪役のいない「燃えよドラゴン」のような気がしないでもないです…飛びすぎ?
ブリー【Bully】
ラリー・クラークは「キッズ」以来。あの映画でクロエ・セヴィーニに惚れてしまった(その後「ボーイズ・ドント・クライ」で
二度惚れ)のだけど、「若さ」を描くことについてのある種のヒリヒリしたリアリティは彼独自のものだ。この映画も前半のクールな
滅茶苦茶加減の描き方は、なかなか他にない。でも後半から…だるくなるんですよ。「何でそう簡単に殺すことになっちゃうわけ?」
という部分で納得しにくくて、ストーリーに入りづらくなる。知人の映画に関するサイトで、「事実にもとづいているからいいって
ことか!?」と突込みが入っていたけど、それには同感。まあ、あのヒリヒリするトーンで私は充分楽しんだけど、なんか映画として
まとめようとうしてしまったのかな…
ところで次回作(夏頃日本公開?)のシネマトグラファーは、私も一度だけ仕事したエド・ラックマン。最近では「エリン・ブロコ
ビッチ」や「バージン・スーサイド」とか。彼の艶っぽいカメラワークで見るラリー・クラークというのは、かなり楽しみではあります。
24アワー・パーティ・ピープル【24HOUR PARTY PEOPLE】
ちょっと予想と違った、真面目なトーン。シド・アンド・ナンシーとかロックンロール・スゥインドルみたいな感じを
(内容ではなく雰囲気として)イメージしていたのだが、以外に淡々とした展開。確かにネタはある種の「クレイジー」な世界に
絡んではいるのだが、映画としての捉え方がオーソドックスなのだと思う。でも当時のシーンへの誠実さとリアリティは感じた。
ビデオ向きかとも思ったが、かえってこういうのは映画館でサクッと見ておくのがいいかもしれない。(しかしサービスデーの
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